お葬式のむすびす

SCROLL

私たちは、
忘れません。

ファストビューの背景画像 むすびすのスタッフ達が働く様子の写真

一本の電話、
一件のお問い合わせ、
一人のいのち。

一年に、日本で旅立たれた方々の数
1605654
出典:厚生労働省「人口動態統計速報」

あなたの大切な人は、そのうちの一人。
でも、あなたにとっては唯一の人。
その事を我々は常に意識しています。

葬儀会場の祭壇を写した写真

私たちは
忘れません

  • 私たちは
    忘れません

    1. 01

      最初の電話

      それは「助け」を求める声
      であることを。

    2. 02

      ご逝去先からの搬送

      その温もりが
      まだ失われていないことを。

    男性スタッフが電話を受ける様子
  • 私たちは
    忘れません

    1. 03

      ドライアイス処置

      それは亡骸ではなく、
      大切な人であることを。

    2. 04

      お打合せ

      亡くなった方の、
      人生の軌跡を。

    故人様の手を丁寧に拭く写真
  • 私たちは
    忘れません

    1. 05

      納棺

      「納める」のではなく、
      「旅立つ」準備だということを。

    2. 06

      式当日

      哀しいのはその方との「思い出」
      があるから、ということを。

    3. 07

      葬儀後サポート

      ご家族の哀しみは、
      まだ終わっていないことを。

    納棺するスタッフの写真

むすびすの
覚悟と責任

祭壇の花を整えるスタッフの写真

代表・中川は、こう言います。

「私がお葬式の仕事をやっている理由は、死が嫌いだからだと思う。
できれば目を背けたい。考えたくもない。
でも、逃げたり避けたりできるものではない。
だから、どう向き合うか、どう受け入れるか。そこに、意味があると思っている」

むすびす株式会社
代表取締役社長
代表中川貴之のサイン画像「中川貴之」

葬儀社だから、全力でやるのではありません。
同じ人間として、二度とない時間の前に立つから、手を抜けない。
悲しみの中にいるご家族に、葬儀社として何かをするのではなく、
一人の人間として何ができるか。
私たちは、いつも考えています。

お客様と打ち合わせで向き合うスタッフの写真
葬儀道具の写真
葬儀会場を飾る写真を加工するスタッフの写真
  1. Reason1

    人間として「心で感じる」

    大切な人を亡くしたばかりのご家族は、混乱、憔悴、緊張で
    普段の状況ではありません。思うように声さえ出せない。

    だから私たちは、
    まず感じることから始めます。

    話を聞く前に、その場の空気に身を置く。
    飾られている写真、部屋の雰囲気、ふとした言葉の端々。
    水面下にある思いを感じ取ることが、むすびすのお葬式の出発点です。

    お客様の手を握るスタッフの手元の写真
  2. Reason2

    未来に向けて
    「出発点を作る」

    お別れの内容は、残されたご家族がこれからをどう生きるかを左右する、
    大きなターニングポイントです。
    亡くなった直後の悲しみだけが記憶に残る葬儀もあれば、
    亡くなる直前の姿だけが刻まれてしまう葬儀もあります。
    一度きりのお別れが、その後の日々をずっと染めていきます。

    だから私たちは、お葬式を「悲しみを確認する場」で
    終わらせません。

    ご家族が、一緒に過ごした幸せをたくさん思い出せる場。
    親しい人と、故人の生き様を分かち合える場。
    そうして、明日を前向きに歩き出すための出発点を、ご家族と一緒に作ります。

    会場のセッティングを行うスタッフの写真
  3. Reason3

    限界を設けず
    「精一杯やる」

    制約や困難は、いくらでも出てきます。時間がない、手配が難しい、
    前例がない。
    言い訳を探せば、いくらでも見つかります。

    だから私たちは、まず動きます。

    夜明け前の市場へ向かうこともあります。縁をたどって、
    見知らぬ人に頭を下げることもあります。その精一杯の姿勢が、
    ご遺族のこれからの生きる力になるかもしれない。
    それだけを、私たちは願っています。

    施工の前に社内でミーティングをする3人のスタッフの写真
葬儀会場のセッティングを行うスタッフの写真
Philosophy

葬儀社は、
どこも同じですか?

「どのプランにしますか?」ではなく、
「どんな方でしたか?」から始まる葬儀社がある。
その違いが、お別れを変えます。

  1. 01

    滞りなく、
    無事に終える

    それだけを目的にしたとき、
    ご家族に起こりうることがあります。

    従来の葬儀の進め方
    起こりがちな後悔
    故人を知る時間がない
    故人がどんな人柄だったか、
    もっと聞きたかった
    形にする時間がない
    あの遺影で良かったのか、
    今も気になる
    立ち止まる時間がない
    形式通りに進めて、
    気づいたら終わっていた
    前を向く準備ができない
    忌引き明けに出社したが、
    気持ちの整理がつかないままだった
  2. 02

    お葬式は、一度きり

    やり直しはききません。

    私たちは、こう考えています。

    故人の生き様を、親しい人と共有する場。
    遺されたご家族が、失われて初めて気づく愛を、感じる場。
    そして、残された人が、明日を前向きに歩き出すための、出発点。

    だから、プランナーは式を"進行する人"ではありません。
    ご遺族の、言葉にならない思いを汲み取り、
    分かち合える場として形にする。

  3. 03

    お別れの設計者

    それが私たちの役割です。

    ご家族は、突然の喪失の中にいます。
    慣れない打ち合わせに、心は疲れていきます。

    その時間の中に、プランナーが介入します。
    故人との"五感での再会"を、設計する。
    思い出の景色を、音を、匂いを、味を、もう一度呼び戻す。

    その瞬間、ご家族の時間が動きはじめます。
    悲しみだけだった涙が、あたたかい涙に変わります。
    それは、明日を生きるための、静かな力になります。

お別れの設計者

たくさんのむすびすスタッフのコーラジュ写真①
たくさんのむすびすスタッフのコーラジュ写真②
たくさんのむすびすスタッフのコーラジュ写真③

私たちは、供養はできない。
しかし、残された人が
前向きに生きるための
出発点を創ることはできる。

お客様のために奔走するスタッフのイラスト
Story

悲しみが「あたたかい涙」に変わる瞬間

では、実際の現場で、この姿勢は、どう形になっているのか。
三つのエピソードで、お伝えします。

  1. EPISODE1

    とこぶし|精一杯やる

    朝5時の築地、諦めない

    夏の早朝5時。プランナーの吉岡は築地市場を走っていた。

    市場はすでに活気に満ちていた。フォークリフトの音、値段交渉の声、磯の香り。しかし吉岡には構っている暇がなかった。市場が閉まる時間が、刻々と迫っていた。
    前日の打ち合わせで、孫がぽつりと言っていた。「おばあちゃん、とこぶしをずっと食べたがってた。これからは好きなだけ食べてほしい」

    80歳で一人暮らしを続けていた祖母。晩年は病院での闘病生活が続き、孫の看病が生前の唯一の交流だった。吉岡はその言葉を、心に刻んでいた。

    とこぶしの旬は5月だ。今は夏。市場をまわっても、まわっても、ない。20軒以上を訪ねた。「生では難しい」「関東ではめったに入らない」と言われ続けた。それでも吉岡は走り続けた。

    吉岡はそれを大事に抱えて、自宅へ急いだ。

    「なんですか、これ」
    「とこぶしです。皆さんもぜひ」

    孫が急に涙をこぼした。

    三人で棺にとこぶしを入れた。三人で送るだけの、本当に小さなお葬式だった。でもそこには、本物のお別れがあった。

    しばらくして、孫が吉岡に言った。「吉岡さんありがとう。でも不思議ですね。おばあちゃんがとこぶし好きだってよく知っていましたね」

    吉岡はにっこりと笑った。

    築地市場の写真 TOKOBUSHI
    器に盛られたとこぶし料理の写真
  2. EPISODE2

    磯釣り|本質の追求

    あえて、道具を飾らない

    ある日、還暦を過ぎたご婦人が、事前相談に訪れた。

    「主人の余命が、あと三か月なんです」

    ご婦人は話し続けた。ご主人は引退してから釣りばかりしていた。毎週欠かすことなく、伊豆へ通った。

    「俺のお葬式は、いろんな人を呼ぶな。大切な仲間だけでいい。釣りで送ってくれ」

    ご主人はそう言っているという。ご婦人の目には、涙が浮かんでいた。

    プランナーの植竹は、ただ話を聞いた。
    小学生の頃に近所の川でハゼを釣った経験しかない植竹に、
    釣りのことはよくわからなかった。
    だけど、話を聞くことならできる。きっとそこから始まる。

    相談から三週間後、訃報は思ったより早く届いた。

    プランニングMTGで、釣り道具の扱いが議題にあがった。
    たくさん残っている釣り道具を、展示することもできる。
    写真と一緒に並べることもできる。
    釣り好きらしいお別れに、「形」にはできる。

    でも、植竹は黙っていた。

    当日の会場の様子 ISODSURI

    「釣りが好きだった」という事実は、すでにご家族の中にある。仲間たちの中にもある。改めて説明しなくても、そこにあるもの。無理に形にすると、説明になってしまう。

    植竹はそう判断した。

    結果、式場に並べられたのは、ご主人が愛用していた釣竿だけだった。
    釣りの話を、式の中で強調することもやめた。
    代わりに植竹が用意したのは、仲間たちが、自然に思い出話をこぼせる空間だった。

    式の日、ご婦人はその空間の中で、涙を流していた。

    BGMとして、潮騒が静かに流れるなか、釣り仲間が「海、好きだったよな」と言い、
    別の仲間が「朝、早く出てたな」と応じる。そのやり取りに、司会進行は入らない。

    釣り仲間の一人が、遺影に声をかけた。
    「また一緒に、釣りしような」

    四十九日。
    ご婦人は、伊豆の海に骨を撒いた。
    植竹は、法要が無事に終わったという報告を受けていた。

    「ご家族、お元気そうでしたか」

    仲間の一人にそう尋ね、小さく息をついた。デスクの上には、次のご相談の資料が積まれていた。

    植竹は、資料を開いた。

    青い空と磯辺の写真
  3. EPISODE3

    送り太鼓|場を作る

    前例がなくても、やる

    夏の夜、一本の電話が鳴った。

    「お葬式のことでお伺いしたいんですが」

    プランナーの中西は、すぐに入谷へ向かった。働き盛りのご主人が、突然亡くなったという。奥様と、就職を控えた息子さんとの、三人家族だった。
    ご主人は「お祭り男」だった。入谷で生まれ育った生粋の下町っ子。三社祭では、毎年仲間と神輿を担いでいた。

    「威勢のいい掛け声のなか、汗だくの笑顔が忘れられない」

    奥様はそう話された。

    「お別れのどこかで、太鼓の音が響くのも、彼らしいかも」

    中西は、その言葉を聞き流さなかった。しかし、打ち合わせでは、それ以上踏み込まなかった。

    打ち合わせを終え、内容はプランニングMTGへ回される。当日を担当するスタッフだけでなく、別の視点を持つメンバーも加わる。一度まとまった案を、もう一度ゼロから問い直す場だ。

    太鼓の件について、何人かが声をあげた。

    「音が入るとしたら、どの場面が一番自然だろうか」
    「ご出棺の瞬間なのか、それとも、もう少し手前なのか」

    時間の制約。会場の条件。音量、響き方。参列者から「非常識」と思われるかもしれない、そんなリスクも並んだ。

    会場で和太鼓を叩く様子 WADAIKO
    和太鼓のアップ写真

    中西は黙っていた。太鼓で送るなんて、非常識かもしれない。しかし、この家族を語る上で欠かせない要素だと、強く感じていた。同時に、これまでの経験から「何かが足りない」という感覚が、静かに浮かび上がっていた。

    一度は固まりかけたタイムテーブルが、もう一度、検討された。
    翌日、中西はご家族に電話を入れた。

    「太鼓の件で、もう一度だけ確認させてください」

    その音が、どの瞬間に響けば「その人らしい」か。誰もが悔いなく送れたと思えるか。ご家族との短いやりとりの中で、一つずつ確かめていった。

    最終的に選ばれたのは、当初想像していた形とは、少し違うものだった。

    告別式の日。棺は、次から次へと供えられる花で埋まっていった。
    中西の声が響いた。目を閉じた瞬間、静まり返った空間を、一気に音が包み込んだ。

    赤い法被、ねじり鉢巻。七人の太鼓衆が、一斉に太鼓を叩いた。音は式場全体を震わせた。体が震える。鳥肌が立つ。この震えが太鼓の振動なのか、自分のものなのか、もはやわからなくなっていた。

    一同が涙を流す中、家族は深々とお辞儀をした。棺は出発した。

    中西は、汗を拭った。

    神輿と祭りの人だかりの写真

掲載のエピソードは、実際のお別れをもとに再構成しています。